三河・西浦温泉「葵」周辺ゆかりの地巡りと季節歳時記、天然温泉の露天風呂や大浴場、三河湾の絶景でおもてなし | 記念日の宿

ゆかりの地巡り

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姫たちのゆかりの地巡り

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  • 於大の方 築山殿
  • お市・淀殿・お江与・お初
  • 亀姫 西郷局
  • お亀の方 千姫
  • 春日局

於大の方

  • 緒川城
  • 於大公園
  • 阿久居城址
  • 洞雲院
  • 岡崎城
  • 大泉寺
  • 大樹寺
  • 刈谷城址
  • 安楽寺

緒川城

徳川家康の生母、於大の方が1528年水野忠政の娘として誕生した城です。今は緒川城唯一の建物の遺構である城門が宇宙山乾坤院(うちゅうざんけんこういん)の総門となって残っています。城址は公園となっており、地内には於大出生地の碑が立っています。

所在地:愛知県知多郡東浦町緒川字古城
交 通:JR武豊線緒川駅から徒歩約10分

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於大公園

かつてこの地を治めた水野氏の出身である於大の方に因んで造られた公園で、自然の地形を生かした四季折々に花が咲き乱れる総合公園です。

所在地:愛知県知多郡東浦町緒川字沙弥田2-1
交 通:JR武豊線緒川駅から徒歩約10分

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阿久居城址

於大の方が阿久比城主久松俊勝のもとへ再婚し、康元、勝俊、定勝を産み、俊勝が岡崎城代として移るまで15年間過ごした城です。現在の阿久比城址は本丸跡が城山公園となっており当時の姿を残すものは本丸周辺の土塁だけとなっています。

所在地:愛知県知多郡阿久比町卯坂字栗ノ木谷
交 通:名鉄知多線坂部駅から徒歩約5分

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洞雲院

ここには、於大の方の遺髪墓があります。1602年、於大の方は京都の伏見城で息を引き取った後に、彼女の遺髪は久松家の菩提寺である洞雲院の遺髪墓に納められました。今もそのお墓はひっそりとたたずんでいます。

所在地:愛知県知多郡阿久比町坂部
交 通:名鉄河和線坂部駅から徒歩約5分

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岡崎城

松平家の居城です。於大の方の子である徳川家康はここ岡崎城で1542年に生まれました。家康は桶狭間の戦いの後に約10年の歳月をかけて増築を行いました。岡崎城の隣には家康と三河武士を紹介する資料館三河武士のやかた家康館があります。

所在地:愛知県岡崎市康生
交 通:名鉄名古屋本線東岡崎駅からバスで岡崎公園前へ徒歩約5分

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大泉寺

家康が生まれた翌年の1543年、家康の母於大の方が安産の祈願をした薬師如来を本尊として創建した寺です。境内の墓地の一番高い所に於大の遺髪を埋めたという墓碑が建てられています。

所在地:愛知県岡崎市中町東丸根38
交 通:名鉄バス市民病院前行で中町下車徒歩約10分

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大樹寺

大樹寺は松平家と徳川将軍家の菩提寺です。松平八代の墓、歴代将軍の位牌、家康73歳の時の木造などが祀られています。家康が桶狭間の戦いで大高城から逃げ帰った場所でもあり、この寺の住職であった登誉上人が自害しようとした家康を思いとどまらせたという話でも有名です。大樹寺は歴史的にも大きな役割を果たした寺でもあります。

所在地:愛知県岡崎市鴨田町広元5-1
交 通:名鉄名古屋本線東岡崎駅から名鉄バス大樹寺行で終点下車徒歩約10分

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刈谷城址

刈谷城は1533年水野忠政による築城で、亀城(きじょう)とも呼ばれた。於大の方の育った城でもあります。現在は亀城公園(きじょうこうえん)となっており、ここが旧刈谷城の本丸と二の丸の一部にあたります。

所在地:愛知県刈谷市城町
交 通:名鉄三河線刈谷市駅から徒歩約15分

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安楽寺

於大の方の後添えの夫である久松俊勝の菩提寺です。於大の方は俊勝の死に際して、安楽寺の九世住持から「伝通院」号を受けて2年間この寺に住み俊勝の菩提を弔いました。

所在地:愛知県蒲郡市清田町門前4
交 通:JR東海・名鉄蒲郡駅から徒歩約40分

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築山殿

  • 八柱神社
  • 西来院
  • 太刀洗いの池

八柱神社

境内に徳川家康の正室築山殿の首塚があります。築山殿は徳川と織田に敵対する甲斐の武田氏と内応したとされ、家康の命で殺害されました。信長の首実検の後に岡崎に返され、岡崎城代の石川数正により菅生八幡宮の北に埋葬されました。その後、石ヶ崎に遷移され今にいたっています。

所在地:愛知県岡崎市欠町石ヶ崎
交 通:名鉄バスで岡崎女子短大へ徒歩約5分

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西来院

殺害された築山殿の首は岡崎に返され、胴は家康の命により渓翁禅師によってここ西来院に葬られました。現在は四百年忌に復元された廟堂が当時のよすがを伝えています。西来院の墓域には家康の義父弟の松平源三郎勝俊(康俊)の墓もあります。

所在地:静岡県浜松市広沢2-10-1
交 通:浜松駅からバスで西来院裏へ徒歩すぐ

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太刀洗いの池

武田氏との内通を疑われた築山殿は、岡崎城から浜松城へ向かう途中にこの場所で、長男の信康とともに家康の家臣に殺害されました。その時に血塗られた太刀をここにあった池で洗ったことからこの名がついたと言われています。現在は池らしい痕跡はなく史跡碑と説明板があるだけです。

所在地:静岡県浜松市中区佐鳴台5
交 通:浜松駅から9系鴨江・医療センター行きで医療センターへ徒歩すぐ

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お市・淀殿・お江与・お初

清須城

お市の方の輿入れ先、浅井家の滅亡にともない、織田信長に引き取られたお市の方とその娘、淀殿、お初、お江与が信長と信包の庇護を受け九年余りを平穏に過ごした場所です。この城は、1555年に織田信長が那古野城から入城。また、信長がこの城から桶狭間の合戦へと出陣したことでも有名です。

所在地:愛知県西春日井郡清洲町大字朝日
交 通:名鉄新清洲駅から徒歩約15分

亀姫

新城城址

1575年の長篠の戦いで織田徳川連合軍は大勝利を帰しました。功労者のひとりであった奥平貞昌は、信長から信の一字をもらい信昌と改めました。奥平信昌は家康の長女、亀姫をめとり、この新城城を築城したのです。現在は城はなく新城小学校へと変わっています。当時を忍ぶのは一部だけ残った土塁だけとなっています。

所在地:愛知県新城市東入船
交 通:JR飯田線新城駅から徒歩約15分

西郷局

  • 掛川市構江公民館の敷地内
  • 宝台院

八柱神社

於愛(後の西郷局)はここ構江で、掛川の郷士戸塚五郎太夫忠春を父とし、三河五本松城主西郷弾正正勝の娘おさえを母として誕生しました。現在この地は構江公民館となっており、その敷地内に説明看板があるのみで、当時の様子を感じさせるものはありません。

所在地:愛知県知多郡東浦町緒川字古城
交 通:JR武豊線緒川駅から徒歩約10分

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西来院

宝台院は駿府城で逝去した西郷局を埋葬した寺で徳川幕府の厚い保護のもとに維持されてきました。ここには今も西郷局の五輪塔が当時のままの姿で伽藍の一隅に建っています。寺宝の白本尊如来像は、家康が岡崎の大樹寺からもらい受け尊信して武運長久を祈ったものです。

所在地:静岡県静岡市葵区常磐町2-13-2
交 通:JR静岡駅より徒歩約8分

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お亀の方

  • 名古屋城
  • 相応寺

名古屋城

徳川家康の側室であり尾張徳川家の祖となる徳川義直の母であるお亀の方が、家康の死後に相応院と名のり、義直のいた名古屋城で暮らしました。名古屋城が築かれる前は、清洲城が尾張の中心となっていましたが、関ヶ原の合戦以降の政治情勢や水害に弱い清洲の地形の問題などから、徳川家康が義直の尾張藩居城として名古屋に城を築くことを決めたのです。

所在地:愛知県名古屋市中区本丸1-1
交 通:名古屋市営地下鉄名城線市役所駅から徒歩約5分

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相応寺

お亀の方が逝去すると、徳川義直が直ちに菩提を弔うために相応寺を、現在の名古屋市東区山口町に建立しました。義直自らが寺号を額に描き、総門、山門、本堂前に掲げ、また、尼僧姿の母を描き寺に納めました。創建当時は1万2千坪の境域が定められた七堂伽藍を有する壮大なものでした。現在の地に移されたのは昭和9年になってからで、本堂、総門、山門、鐘楼は当時のものです。

所在地:愛知県名古屋市千種区城山町1-6
交 通:名古屋市営地下鉄東山線覚王山駅から徒歩約20分

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千姫

桑名城址

本多忠勝が10年の歳月をかけて築城した桑名城は、代々松平氏の居城となり、5代目藩主定綱の時に城郭が完成しました。千姫と桑名城の関わりは、忠勝の孫である忠刻が徳川家康の孫娘と結婚したことにはじまります。千姫は忠刻とともにこの城に住んだのです。現在は九華公園(きゅうかこうえん)として整備されています。

所在地:三重県桑名市吉之丸
交 通:近鉄桑名駅から市内A循環バスで本町へ徒歩すぐ

春日局

駿府城

三代将軍徳川家光の乳母であったお福(春日局)は、家光と家忠の継承者争いの際に大御所である徳川家康へ直訴し、家光を三代将軍にすることを成功させました。この家康への直訴の舞台が駿府城だったのです。現在は旧本丸と二の丸が駿府公園として整備されており、当時のよすがを感じさせるのは石垣と中堀、外堀だけとなっています。

所在地:静岡県静岡市葵区城内
交 通:JR静岡駅から徒歩約10分

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